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長野特集
しのふぁ~む 篠原信一さん / わたらい農場 渡會那央さん

しのふぁ~む 篠原信一さん

取材から少し時間が経ちましたが、今回はこの夏に訪れた長野県の生産地をご紹介します。どちらの生産者も、ひときわ目を引く経歴の持ち主です。

早朝に訪問したのは、長野県安曇野市でブルーベリーを栽培している「しのふぁ~む」。ここは、シドニーオリンピック銀メダリストの篠原信一さんが、心機一転ゼロから始めた農園です。さすがオリンピアン、あふれるエネルギーに圧倒されました。農園を軌道に乗せるまでの苦労も、ユーモアを交えながら楽しそうに語ってくださいました。

続いて訪れたのは、長野県南佐久郡でほうれん草を中心に栽培している「わたらい農場」。代表の渡會那央さんは、冬になるとスノーボードインストラクターに“転身”するという、まさに二刀流の方。海外からの技能実習生も受け入れながら、日々真摯に農業に取り組んでいます。

■篠原信一さんが営むブルーベリー農園

「柔道の世界から距離を置いたタイミングで、長野県安曇野のすばらしさを耳にし、将来のことを考えて二拠点生活を始めようと思い、まずは家を持ったんです」
そんなきっかけから、篠原さんの農業人生がスタートしました。
「実際に住んでみると、気候も良く、自然も豊かで、次第に『いっそ移住するのもいいな』と思うようになりました。そこで『何か始めるなら農業かな』と考えていたときに、妻が『ブルーベリー農園なんてどう? それなら一緒に育ててみたい』と言い出したんです。そこからブルーベリー生産者の畑を見学させていただくようになり、自分が“これだ”と思える味のブルーベリーを作る方に何度も足を運んで、アドバイスをもらいながらスタートを切りました」

神戸出身の篠原さんにとって、長野はまったく縁のない土地。そんな場所で有名人が突然畑を持ち、特注のビニールハウスを設置し、農園を開業したとなれば、周囲の目が冷ややかになるのも無理はありません。
「周りの視線は厳しかったですね。でも、それは当然のこと。『どうせ片手間でやるんだろう』『きっと失敗する』という見方が大半でした。でも自分自身、そんな甘い気持ちでやっても成功しないことはわかっていましたし、本気でやるからには地元の方々に認めてもらいたいと考えていました。だから、ある程度農業で実績を積むまでは、各メディアへの出演も控えていたんです」

ブルーベリー農園と篠原信一さん

きちんと地元の方々に認められるまでは大きな露出を控える、そんな実直な想いを貫き、成果が実るまでには約3年の歳月がかかりました。

「1年目は、この地域に雪が積もり見事に失敗しましたね。投資額も大きかったので、『どうしよう…』と本当に不安でした。そこからは、師匠のもとに通い詰めてアドバイスをもらいながら、2年目でようやく実がなり始めたんです。ただ、それでもまだ出荷できるレベルには程遠くて。3年目になって、ようやく出荷できる品質になり、ホッとしました」

そうして実績が見え始めた頃から、周囲の反応にも少しずつ変化が現れたといいます。
「それまではどこか距離を感じていた方々が、『がんばってるね』と声をかけてくださるようになったり、近隣の農家さんが井戸水を分けてくださったり…。本当にありがたいことです」

ブルーベリー農園

■木材チップ農法による有機肥料栽培

ブルーベリー栽培を始めるにあたり、もっとも苦労したのが、この木材チップ農法での「土壌づくり」だったといいます。畑には大量の木材チップが敷き詰められており、チップが微生物によって発酵することで、天然の有機肥料となる仕組み。これにより化学肥料を使うことなく土壌が豊かになり、立派なブルーベリーが育ちます。

「ただ、このチップで畑の基盤を作るまでは、本当にたいへんでした。ここはもともと田んぼだった土地で、チップを深さ約1メートルまで埋めたんですよ」
チップ農法の利点は、水はけ・保水性・通気性に優れていること。
カブトムシの飼育にチップを使うのと同じで、微生物や小さな生き物が育ちやすい、自然に近い環境が整うのです。

有機肥料栽培で育った立派なブルーベリー

「品種は、チャンドラー、ピンクブルーベリーなどを扱っています。しのふぁ~むでは、1900本の栽培をしているのですが、あとは、1センチ以下の実は収穫しないという決まり事。だいたい、1本から約2㎏~3㎏の収穫量ですね」

今では、長野の名物「ブルーベリーおやき」や「ブルーベリージェラート」をはじめ、地元のレストランやパティスリーに使用され、その品質の良さを評価されています。

「都内の企業からもお声をかけていただけるようになり、本当にありがたいです。今では、桃の栽培をはじめ、出荷もしはじめています」と篠原さん。

さすがの行動力と人間力を感じた取材になりました!

■標高1100メートルにある「わたらい農場」

わたらい農場 渡會那央さん

標高1100mの高冷地にある 「わたらい農場」 では、ほうれん草をメインに栽培。代表を務めるのは、夏の間は長野県小海町の畑で野菜を育て、冬の間はスノーボードのインストラクターとして活動している、渡會那央さんです。

「21歳のときから、冬はスノーボード、夏はラフティングのインストラクターを始め、その後、この地域に移住しました。スノーボードを続けるために、夏の活動として何かできないかと考えた結果、農業での独立に至ったんです。ある意味、スタートは不純な動機かもしれません。でも最近では、農業の楽しさや奥深さを感じています」と渡會さん。

現在は、ほうれん草のほか、トマトや花豆なども栽培しており、特に大玉のトマトは学校給食向けに納品しています。

ほうれん草やトマト、花豆などの栽培ハウス

■栽培ハウスは40棟

「この標高が高く、空気の澄んだ地域だからこそ、私たちは化学肥料をできる限り抑え、土づくりにも徹底してこだわっています。霧が降り注ぐことで、自然の栄養が土壌にゆっくりと染み込み、そのミネラル分を野菜が吸収することで、味わいが深まり、人間の健康につながる栄養源となるのです。また、自然由来の液肥を栄養として与えることで、ほうれん草特有のえぐみを和らげ、甘みを引き出す工夫もしています」

まさに自然の恵みを最大限に活かしながら、野菜本来の魅力をさらに高めているのです。

栽培ハウスと渡會那央さん

ほうれん草は4品種を育てており、収穫は11月20日ごろまで可能。その後、渡會さんは約4か月間、冬山へと向かいます。その期間、一緒に働いているカンボジアからの農業実習生1名は一時帰国するそうです。

「とても真面目に仕事に取り組んでくれる子たちばかりで、本当に助かっています。みんな男性なので、1軒家を借りて共同生活を送ってもらっています。ただ、長期帰国でやっぱり家族と離れたくなくなり、日本に戻ってこなくなる子もいるんですよね。真冬の仕事が少ない時期のフォロー体制をどうするかは課題ですね。ただ、農業実習制度の関係で、他の仕事をすることはできないので」とのこと。

取材当日も笑顔で農作業をしている姿が印象的でした。わたらい農場のこれからの展開にもますます注目です。

マチルダでご紹介した生産者の声